楽して生きたい

既婚腐女子の日々徒然

また燃えたらしい

アンソロで燃えない年ってないんですかね?

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なんか、同人誌は返金して当然って層が一定数いませんか?

頭大丈夫??

 

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私の意見はこの人と一緒。

他にも色々あったけど、アンソロジーは主催が主催のために作る本です。だから主催が基本おkだしたら何でもいいはずなんだけど、なぜか「ジャンルのものカプのもの」という大義名分を出してあーだこーだ言う人が多すぎる。

 

rakusiteikitai.hatenablog.com

 

アンソロだって同人誌です。

あくまでも注意書きは主催の人の善意!

誰にも強制はできないの!そんなに怖いなら自分で作れよ!としか言えない案件である。

主催はしんどいと思うけど、お願いだから返金しないで。

ごねれば「解釈違いで返金できる」という恐ろしいことがまかり通るようになってしまう。

 

商業誌かってさあ、読んで面白くなかった、私の望んだものじゃなかった、だけで返金してもらえると思う??

しないでしょ?なんで同人だとできると思ってんのかな?

 

主催の金銭的な部分も含めリスクを大量に背負ってる。それをノーリスクで手に入れてる人が大騒ぎしているのが個人的に不愉快だ。

 

「好きで作ってるんですよね?」

「はい、あなたもナイフで脅されて買ったわけでなく、好きで買ったんですよね?」

 

二次創作とか漫画業界が衰退しないよう、プロが頑張ってくれてるのに、その足を引っ張る層がいるのは本当にしんどいなあ。

腐女子とリバ

相変わらず某界隈が荒れてるううう…

あそこなんであんなにびっくりするようなことが起こるんだ??

 

 

なんのことかといいますと、リバ本の頒布についてのやつです。

私はべったーをさらっと1回読んだだけで、現在は鍵にされてるので確認ができませんが、とにかくA受けのところでB受けもあるリバ出すな、間違ってその本買ったらどうしてくれるんだ、的なそんな感じのやつです…

 

知らんがな

 

いやホント、前回の消費者センターのあれでも思ったけどお客さんなんだなあびっくりだよ。

お客様は来なくていいです、はい。

でも実際問題リバって申し込むときにどっちで申し込むべきか悩むんですよね。

どっちも挿入描写ありますしー。

ただ漠然と「こっち受けのほうが固定が多くて地雷になる人多そうだから、逆にしよ」くらいの感覚で申し込んでます…

トラブルになりたいわけじゃないしね。

 

なのでこの意見はとても賛成。

 

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まあ無理なのはわかってるんですけど…

もしくは「どこに配置されてもいいですよ」チェックを設けてもらって、それつけてる人で集めてくれないかな。

でかいジャンルだとカプが離れて大変かもだけど、そんなことは知らん…

サークル側だってくっそくそ面倒くさい人相手はできるだけしたくないんだ。

 

んでびっくりしたのがね、これが当然って人が多い多いw

あと「普段AB装ってるくせにこういうときだけ売れるからってBAかよwww擬態乙www」みたいなやつ…

お品書きも注意書きも本人の好意だぞ??

何言ってんだ??

両方のタグつけたら「閲覧稼ぎですかww」とか言ってくるくせに…

 

ああいうの絡まれた方本当に気の毒なんだよね。

しかし今パンフで本探す人少ないから、どうしてもSNSである程度は宣伝しないと手に取ってもらえない…

売りたい!わけじゃないけど、でもやっぱ作ったからには好きな人の手に渡ってほしいから宣伝も必要になるんだよね。難しい…

 

これが前にあったカプオンリーに最初からリバもっていきます!とかならまた話は変わるけどさあ。

別に普段逆描いてようが新刊で何作るかなんて人の勝手だほっとけ。みるな。あと欲しい本が近くにあるならこれくらいは我慢しろ。こっちにそれを強いるな!我慢できないなら通販で頑張れ!お前が努力しろ!だよなあ…

 

リバっていうか、同人とはみたいな話です。

 

 

んで最近読んですごかったの思い出しました。

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めっちゃ笑った。あとマジで描き下ろしのバブル世代同人のすごさ!あの熱量!半端ない。

 

んで笑っちゃいけないけど笑って?しまったのがね。やっぱ昔も変なの居たよってやつ。

さらっと書かれてたけど、いつの時代も変なのいるんだなーって。完全にそれは警察案件だったけれども…G県…というので察する人は察する案件もあったように、昔は住所ばらしてたからね。

やばくなったら即警察ってのも多かったんだろうなあ。

もちろんあくまで趣味だからしんどければ止めますし、変なのに絡まれたらそれなりの対応もします。

でも心構えというか、誰にでも絡まれる可能性はあるし、自分に非がなくても車に引かれることだってあるわけで…

あまり気にせず活動したいなーと思いました。

舞台のことをちょろっと

clarice20.hatenablog.com

 

共感ばかりだったこの記事。

私も基本的に演劇界隈とか心配したりするんだけど、何度も何度も同じ劇場に行く人なんて極わずかなんだよね。

私の周りは何度も行く人のほうが多いけど、これが一般的なわけではないんだよなあ。

 

rakusiteikitai.hatenablog.com

 

昔の記事ですが…私は夢を見に2.5次元に行っている。

キャラ萌えだったりその世界観だったり、俳優おっかけじゃない場合は、その原作が好きだから行く。

だからそれを壊されたら怒るし観なくなる。掌返しと言われようが、趣味だもの。

楽しむために行っているのだから、楽しくないものに金を払いたくはない。

 

どうしても興味ない役者や演劇関係ので耳にするのって、だいたい炎上しているときだから、変なのいるなーって思っちゃうけど、そういう人ばかりではないってのも知っている。

でもファンでも好きだからファンなわけであって、なんでも好きという感情で呑み込めるわけではないのだ…というのは忘れないでほしいよなあ

 

あけましたー!

 

明けましておめでとうございます。

今年もまったり気になったことを適当につぶやこうと思います。

というわけで、新年一発目。

すごいのを読んでしまった。

 

perfomingarts.hatenadiary.com

 

私はジャニーズどうでもいい人間なので(みたらかっこいいなーと思う程度)もともと好感度が高いわけでもなんでもないんですが、これはファンだったらきっついね…

ただでさえ最近こういう問題って過敏にならざるを得ないのに。

 

ただ、これ先日父親との感覚の違いを書いたのと同じで、こういう不快感を共有できるかできないかって、すごく難しい。

私はブログ主の不愉快な気持ちは番組みてもいないけど、すごく共感できるし、実際こんなので顔だされたら死にたいと思う。もちろん番組だからやらせなのかもしれないね、でもこれが「うける!」と思って番組を作ってそれに出演しているという事実がしんどいとしか言えない。

 

ちらっとSNS漁ってみたけど、案の定「怖いなら一人で歩くなよ」って言ってる人いたからね。え?女性は一人で歩くことすら許されないの??

でもこれの根深いところは、実際真夜中に一人で女性が歩いていて何かあったとき、同じ女性である私でさえ「なんで一人でその時間に出歩くの!」と思ってしまうことだ。

 

こういうのここ数年どうにか無くしたくてもがいているけれど、なかなかにとれない。口に出すことはないし、被害者が悪いわけでは絶対にない。わかっている。実際友達が痴漢にあったこともあるし、私だって痴漢になって怖い目にあったこともある。

恐ろしいよねえ、こういう刷りこみ的な価値観。

そしてなかなかこういうのは取れない。女性の私ですらこうなのだから、男性なんてもっと難しいのではないだろうか。

少しずつでいいから改善したい。自分自身も含め、世間もね。

解釈とか設定とかそんなものについて

rakusiteikitai.hatenablog.com

 

こんなものを書いてるくらいなので私もどっちかっていうと、言葉で明言されていることをつい色々考えてしまってドツボにはいるタイプです。

 

さて、某ジャンルのコミカライズでTLに色々流れてくる。

個人的に読み物として面白いのでRTしてるんだけど、RT=同意というか、その意見が拡散されることについて不愉快という意見もみて、そうかもしれんなあ悪かったなあという気持ちになってみたり。

私自身は読んでないし、私の周囲は好意的に受け止めてる人のほうが多かったので、そんなにダメなのか!?って思いつつ流れてくるブログを読んでたんだけど、なんというか楽しむのも才能が必要だなーって最近思う。

 

与えられたコンテンツをどう楽しめるか、ってある意味才能がないとダメなんじゃないかって最近思うのですよ。

特に自分がいらんこと考えてしまうせいで、上記の記事みたいに自分の好きジャンルにもやもやするようになってから特に。

それが悪いんじゃない、それを楽しめない自分に楽しむ才能がないんじゃないかって思うようになってきた…ただ自分が悪いわけでもないのだ、ただ才能がないからある人のように楽しめない、それだけなんだ!

なので、諦めた。そういう楽しみ方ができないのは自分が悪いんだ…仕方ない。

今回は面白く感じれなかった、残念だ。今回は面白かった、嬉しいぜ!くらいの気持ちを持つようにして、だいぶ楽になった。

 

ただ面白くないって言う人に「面白いじゃん文句言うな!」ってのはイクナイ。

楽しんでる人に「面白くないじゃん!」って言うのもイクナイ。

 

自分が楽しんでる、好きなものを貶してる人にイラっとするのはわかる。

じゃあ見ないようにさっと外そう。それ以外の部分では好きだから付合いたいなら我慢しよう。

人に求めちゃいけないね。自分でやろう、って最近思うのだった…

 

 

タイトルと全然違う感じで〆ます。

結婚と腐女子

なにやらまた回ってきたので読んでみた

 

anond.hatelabo.jp

 

なんか前に似たようなの読んだ気がするな

rakusiteikitai.hatenablog.com

そのときの記事はこっち。

 

こっちでも書いたけど、これ同人とか腐とか関係ないよね?趣味にどれだけ重きを置いて、どう生活していくか、夫婦でそこにどう折り合いをつけるか、という話だよね。

 

ただこういうの読んで、自分もよく反省するんだけど、同人してる腐女子って(男性はあまり周りにいないのでわからない)、どこかで「腐女子趣味して漫画とか創作してる私すげー!」って気持ちが見え隠れするんだよね。

見えない?私は見える気がするんですけど。

これ、自分にも完全ブーメランなので自虐と自戒で書いてますけどね、どっかでこう「作家様気分」になってるんですよ。

だから趣味のトラブルで夫と喧嘩した、ではなく「腐女子の同人趣味で」と書くことが多いんだよね。結局は特殊な趣味持ってるからのトラブルだと思い込みたい部分がある。

でもそうじゃない。大半は趣味に費やす時間と家庭との兼ね合いが上手くいかないからだ。

家庭をもつって、共同体を維持する義務が生じるわけで。その大半を相手に押し付けるようになったら不満がでるのは当たり前です。どこまでをどう許してもらえるか、どこまで譲歩するかって、そこは話し合っていかなければならない。

炎上で回ってくる大半はここで失敗してる。家事をする時間が惜しい、ってのは私もわかるし、修羅場ってると「なぜこんなことに時間を取られないといけないのか!?」と考える気持ちもわからなくはない。

でも義務だよそれは。お互い生活を維持するためにやらなくてはならないことはある。

義務を果たさないでやりたいことだけやるってのは、無理だよ。

 

anond.hatelabo.jp

 

後日談まであったので読んでみたけれど、創作楽しいにもどっててよかったね。

 

これはあくまで私個人の体感でしかないんですが、同人腐女子趣味ってめっちゃ楽しいし、友達も増える。でもこれしかないとここに依存するはめになってイクナイ。

同人も楽しい、家族と出かけるのも楽しい、オフ友と遊ぶのも楽しい、そういう風に、切り分けて別々で楽しむ場所をしっかり持っておかないと、どこかが崩れたときがもろすぎる…と思っている。

 

私も一度結婚当初に「一緒に出掛けたときにツイッター見る頻度が多すぎる」と言われて反省したことがある。

誰と今何をしているのか、誰と向き合っているのか、というのは心にしっかり留めておきたいと思うな。

ささやかな願いと言葉の意味

ここ数年、父と医療介護の話になると、だいたい口論となってしまう。

原因はお互いに主張を引かないことであるのだが、一種のコミュニケーションのようなものだと思っているので、不快ではない。

ただ、なぜこんなにお互い分かり合えないのかな?と考えることはある。

 

父は介護関係の事務職。現場も見ている。

私は医療・介護の事務職。家に入ったりしてた時期もあり、今は相談業務系の場所にいる。

 

お互いある程度知識はあるし現状もわかっているのだが、なぜか口論になる。

何故なのかと考えて、少し自分のなかで結論というか納得のいく答えが出たのでメモ代わりに書いておこうと思う。

 

まず、現状の医療現場に対して父は不満が強い。

しかし言い方のせいなのだろうが、父の不満は「現在の制度が悪い」=「医師が悪い」に聞こえてくる。

そう言っているつもりはないのだろうが、制度にかこつけて医師の文句を言っているように聞こえるのだ。

そうすると、めちゃくちゃブラックだろうが、患者のために頑張っている医師たちを侮辱しているように聞こえて私は反発してしまう。

制度が悪い、その中で理想のために動けない医師が悪い…そういわれるとどうしようもない。

医師は医師で現制度のなかで一生懸命働いている。たまに金のためだ云々とかいう批判をみる。実際そういう医師だっているだろうが、大半の医師はひたすら業務をこなしている。

しかしどうにも昔の考えというか、父の意見の中には「患者を助ける、生を助けるということは金云々じゃない」と言ってるように私には取れてしまうのだ。

そうなると、何言ってんだ?金に一切ならない仕事なんて、医師があの生活の中に組み込んだら死んでしまうぞ???と私は思うのだ。

なんというか、精神論?私からすると現状の働く現場と合わない…おそらくどうしても昔の「聖職者」が父の脳内からはなくならないのだろうと思う。

 

私はそりゃ無理な話だし、仕事のなかで、現制度の中でどうやっていくかが大事であり(もちろん政治のほうから制度が変わっていくのも大切だ)、理想論だけ口にされても…と思っているのでどうしてもかみ合わないのだ。

書いてて思った…そうだ。「聖職者」なのだろう。だからこそ、わかってはいるけれど、どこかしら生の絡む現場でお金の話と医師の生活の話が加わるのが、父からすると「おかしな話」になるような気がした。

 

こう考えるようになったのは先日話していた中で父が「自宅で死ぬという、ささやかな願いが叶えられない現状がおかしい」とこぼしたからだ。

 

ささやかな願い!?!?

 

そう、父にとってはささやかな願いなのだ。

だが私からすると「なんて贅沢な願いなの!?」としか思えない。

完全にどこに重点をおいているのかで価値観が全く違うのだ。

そりゃ口論になるよなあ…と思う。

父がこの願いをささやかだ、と思うのは勝手なのだが、そこに付随してくる介護の問題を担う私たちにそれがささやかではない、というのはおそらく理解されないのだろうな。

家で死にたい、それはわかる。それが本人にとってささやかな願いだ、というのもわかる。

が、それは実際に行う場合はまったくささやかではない。勿論父だってその重さはわかっているのだ。わかったうえで「ささやかな願いだ」と表現する父との、こういう感性というか価値観はおそらく理解しあえないのだろうな…としみじみ思った。